振り返り2~生後38日目からお宮参り [育児&成長(0~3ヶ月)]
後2日で、愛娘・聖ちゃんも生後2ヶ月を迎えます。 まだ、2ヶ月?って思うほど、毎日充実した日々![]()
1ヶ月を過ぎてから、『初めて記念日』が増えています。
1月31日、生後38日。 先日の1ヶ月検診で問題なかったので、 ミルクを病院で飲んでいた(高い)E赤ちゃん⇒(安い)ほほえみに変える。
2月1日、生後39日。 ママ、再検診。 前回の検診でもらった子宮収縮剤で塊が出たので、手術の必要はなし
(今もまだ、悪露は少し残っていますが、かなり少なくなりました)それより、 会陰切開の跡が痛くて・・・ まだ聖ちゃんを、立って抱っこしてあやしてあげれなかったので 痛み止めの薬を出してもらう。
2月3日、生後41日。初節分。
パパが、ギリギリ帰ってきてくれたので、3人で豆まき![]()
おすしの丸かじりで願うのはもちろん「聖ちゃんの健康」。 無言で1本、食べきりました~。
2月5日、生後43日。 新生児サイズのオムツが少し小さく感じたのでパンパースSサイズに。
2月6日、生後44日。病院デビュー。 乳児湿疹が酷くなり、(アトピーの)パパが心配したので・・・ (ママは暢気に構えていたのですが・・・)近くの小児科へ。
お薬と、保湿クリームを出してもらう。 薬局で薬代はいらないと言われ
ビックリ!!子供って薬代いらないんですね。
2月9日、生後47日。お風呂デビュー。 初めてママとお風呂に入る。 今まで、おばあちゃん、パパにベビーバスで入れてもらっていたので、 実はママが聖ちゃんを洗うのもはじめて![]()
おサルのぬいぐるみに、聖ちゃん自分で初めて手を伸ばす。
2月11日、生後49日。お宮参り。
本来はもう少し前に行くのですが、寒い季節だし少し遅らして 聖ちゃん・パパ・ママ・お爺ちゃん(実父)・お婆ちゃん(実母)の5人で行きました。
その後、近くの『スタジオアリス』へ。 マタニティ撮影をしたときに『撮影無料券』をもらったし、 その時の得典で、引き伸ばした写真1枚がもらえるので
アルバムなどは注文しないで、予算15000円と決めていたのですが・・・ 悔しいことに、ミッキーと撮る1000円高い写真の時に可愛い顔をしていて、 ついつい買わないつもりのその1枚を追加。結果、17500円のお買い上げ
ま、可愛いからいいかぁ~
家に戻って、仕出し(鯛も注文)でお祝い膳。 無事、お宮参りのお祝いが済みました。
振り返り1~退院から1ヶ月検診~ [育児&成長(0~3ヶ月)]
早いもので、出産からちょうど今日で50日。
バタバタの毎日で、なかなかPCに迎えなかったけれど、 退院当日から平日泊まりで手伝いに来ていた実母も、先週で実家に帰り、 今週は、お風呂のみ入れに来てくれてました。 来週からは、ママ一人でお風呂にも挑戦です![]()
忘れてしまっていることも多いけれど、 病院でもらった育児日記を見ながら、ちょっと振り返ってみます。 (病院でもらえると思わなくて買ってた育児日記があるので、ちょっとショック
)
1月28日、退院の日。 自家用車
でパパのお迎えがあったのですが・・・ チャイルドシートに一苦労![]()
一応、すぐに乗せれるようにと調節をしてくれていたみたいなんだけど・・・ 実際、乗せようとしてみると、上手くいかない。 とりあえず病院から家までは車で10分弱なので、 ちゃんと乗せれないまま、体を手で押さえて、家までたどり着きました![]()
これから出産・退院時は自家用車と言う方は、 ぬいぐるみや、座布団など50センチ程度の赤ちゃんを想定したものを乗せて、 チャイルドシートのシートベルトが上手くはまるか?や、ハーネスの引っ張り方? などを確認することをお薦めします。 (ちなみに我が家はアップリカ)問い合わせると、アップリカは少し硬いそうです。
1月31日、世間は大晦日(もちろん我が家もですが・・・)。 この日はお七夜。 そう、【命名式】ですね。【命名式】というほど大げさなものはしませんでしたが、 簡単に、『たまごクラブ』についていた命名書に、パパが名前を書いて額に入れました。
「たいちゃん」の名前ですが・・・・もともと決めていた名前は「モモコ」だったんです。 由来は、「モモちゃん」って響きが可愛いと思って「モモ」の付く名前を色々あげてて~ もちろん、候補は他にも沢山あって、その中から最終的には、旦那が選びました。 旦那的には、最初にお腹の中に読み聞かせをした絵本が【桃太郎】だったから
物語と同様に、我が家もなかなか子供が出来ず、神様が授けてくださった宝物だし、 女の子だけど【桃太郎】のように、 元気で勇敢で、友達が集まってくるような明るい子になって欲しいと願って。。。。
で、12月正期産になってすぐ、99%「モモコ」に決まっていたけど、 どうしても1つだけ最後まで外せない候補があり・・・・ 旦那的には、聖書の『聖』と言う字のついた名前。(私的には、聖夜の『聖』) どっちも一緒と言えば一緒だけど
予定日の18日を過ぎた頃、旦那が「もし、24日に生まれたら『聖〇』にしよう
」と 「23日でも25にちでも『モモコ』。24日だけ『聖〇』にする。」というのです。
まるで「たいちゃん」は自分でこの名前を選んだように、 24日のイブ
の日に生まれてきました。
これからこのブログでは「たいちゃん」を卒業し、 愛娘を「聖ちゃん」と呼ばせていただきますね
1月4日、生まれた病院へ【アフターケア】に行きました。 退院してから初めてのお出かけです。 出産時の貧血で、おっぱいがあまり出てなかったので、ミルクをたしているけど、 果たしてどれくらいが適量なのか? ベビースケールを借りていないので、どれぐらい大きくなっているのか 測ってもらうことに。
生後11日目で3260グラム。 退院時は3166グラムだったので、少し増えてる。 生まれた時が3385グラムなので、ちょっと心配
だけど、 おっぱいが少しずつ出ていたので、予定していたおっぱいマッサージはナシで帰宅。 担当の助産師に 「すごい、しっかりした顔、新生児の顔じゃない」とか言われちゃいました![]()
1月6日、生後13日。 夜中におむつ交換をしようとした時、ポロリと何かが落ちた。 そう、少し平均より遅かったけれど、『へその緒』が取れましたぁ~ ![]()
1月7日、生後2週間。 この日を境に、お祝いの親戚や知り合いが家にやってくる。 聖ちゃんは、人の話し声が好きみたいで、来客がいるととっても大人しい
不妊治療をしていることを親戚や友人も知っていたので、 聖ちゃんの誕生を皆とっても喜んでくれて、ざっと50人以上の人からお祝いを頂いた。 なんて、幸せな子なんでしょう![]()
1月8日、生後15日。 いままでM字だった腕が、まっすぐに伸ばせるようになり、 手足をバタバタ![]()
![]()
。お腹にいるときと同じ、ボンボン
キックしてきます。
1月9日、生後16日。 オムツを『ムーニー新生児』→『メリーズ新生児』に。 『メリーズ』の方が若干大きいようで、ウンチもれがある。 その後、一旦『ムーニー』に戻し、少し小さく感じた頃また『メリーズ』に戻した。 感想としては、『ムーニー』より『メリーズ』の方が、おしっこサインが分かりやすい。 が、『ムーニー』の方がお尻のフィット感があり、はかせやすい。
1月11日、生後18日。 今まで、昼夜の区別なく、寝て・起きてを繰り返していたが、 この頃から、起きている時間が長くなる。
1月17日、生後24日。 目が合う回数が増える。動くものを目で追う様になった。
1月21日、生後28日。 首もとにプツプツが出来始める。乳児湿疹?
1月22日、生後29日。 よく笑うようになる。初めてガラガラの音に笑った。
1月23日、生後30日。 ママ、一ヶ月検診。ここで、悪露が終わっていればOKだったけど・・・ まだ、赤い出血があり経過観察。子宮収縮剤を出される。10日後再検診。 ここで、胎盤が残っていれば、外来で掻き出し。 それでも出なければ、入院でソウハ手術と言われる。 (今も悪露は多少残っていますが、赤い出血はなく手術は回避
)
1月26日、生後33日。 生後1ヶ月を無事すぎたので、ママは内祝いを買いに行く。 聖ちゃん、お留守番の間に、初めてベットのメリーが動くのを楽しんでいたらしい。 ママ、手作りのおサルのぬいぐるみに反応あり
1月27日、生後34日。 おサルのぬいぐるみを目の前で動かすと、一緒に手足を動かした
50センチの服が小さくなって、股のボタンが止まらなくなった![]()
1月30日。生後36日。 聖ちゃん、初ベビーカーデビュー
で、1ヶ月検診。 体重を量ろうと看護師さんが服とオムツを外した瞬間、大量の
ウンチ
オムツを変えてくれた瞬間、おしっこジャー
服がビショビショに
お着替えをさせようとするとおお泣き
聖ちゃんの泣きにつられて、今まで大人しかった他のベビー達も大泣き![]()
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合戦 お騒がせな子になっちゃいました。
体重は4055グラム。胸囲36センチ(出産時33)。頭囲37センチ(出産時34,5)。 何故か身長は、測ってくれなかった
ま、50センチの服が小さくなってるんだから大きくはなってるよね。 その他、問題なしということで終了。 (湿疹や、寄り目、首の向きなど気になることは色々聞いてみたけど、大丈夫とのこと) ここでも先生や看護師さんに「お顔、しっかりさんね~。」と言われる。
この日は実母もついてきてもらっていたのし、天気も良かったので、 そのまま少し遠出(といっても2駅)して、大阪で有名な人形の問屋街に行き、 聖ちゃんの初節句のお祝いに、 お雛様(ケース入りの小さいのにした。)を
買ってもらったのでした。
長くなりましたが、自分の育児の覚書の意味も含めて、 退院~1ヶ月検診を振り返ってみました。
うちの愛娘、成長はどうなんだろう?平均なのかなぁ~?早いの?遅いの? 比べても仕方ないし、うちの子はうちの子
。 聖ちゃんのペースで日々、成長してくれたら嬉しいです。
そうそう、今まで自分のことを「私」と言っていましたが、 ついつい「ママ」と言ってしまうようになりました。 旦那のことも、今まで名前で呼んでいたのですが いつの間にか「パパ」とか「お父さん」とか呼んでます
そうして、親なんだと、自分に言い聞かせているように・・・・・。 アレだけ、生まれる前は「ウンチにはよう触らん」と言っていた旦那が、 今では「聖ちゃんのウンチなら、もうパパ平気やでぇ~
」パパも成長してま~す![]()
また、1ヶ月検診後~も出来るだけ早く、 今の育児に追いつけるようにUpしたいと思います。 もう少し、振り返りにお付き合いくださいませ。
出産レポ3~回復室から退院~ [出産]
なんとか無事(?)出産を終え、回復室で一夜を過ごし25日、クリスマスの朝を迎えた。
手足の浮腫みと痛みがひどく感じたので、様子を見に来た助産師さんに尋ねたら 「たぶん、出産時に力が入って、筋肉痛でしょう」と応えられる。
10時の回診で、出産時(胎盤を出してくれたが正解?)の先生がやってきた。 「一応、大きいのは取れたけど、小さいのが残ってる可能性があるので、 もし、残ってて上手く出てくれなければ、ソウハ手術になる可能性もあるから・・・」と。 「退院も少し延びると思うからね~」
その後、尿道の管、点滴をつけたまま個室に戻り お昼ごろ、やっと看護師さんが『たいちゃん』を連れてきてくれた。
『たいちゃん』この時、ほぼ名前は決まっていたけど、 まだほんの少し迷いがあったので『たいちゃん』と呼んでいた。
『たいちゃん』は1日目にして、しっかりした顔
もうすでに親馬鹿
出産時の大量出血(2リットル)により貧血状態が続き、ベットから立ち上がれず
添い寝で初乳をと、チャレンジするも、血から作られる母乳が出るわけもなく、 あっけなくミルクへと切り替わる。 結局、入院中母乳はほぼ皆無
母乳推進の病院だったけど・・・ 貧血で出ないものは仕方ない。せっせとミルクを準備してくれました。
もちろん、立ち上げれないから、オムツかえも看護師さんがするのを横で見てるだけ。 「ごめんね~何も出来ないママで
」
『たいちゃん』と再対面してから、約5時間。 立ち上がれない私に、同室はまだ無理ってことで・・・・ またまた連れて行かれ、ひとりの淋しい夜がやってくる。
26日の朝、回診。まだ、フラツキがあり尿道はこのままの方がいいかも? という話になるが・・・
義父母がこの日、お見舞いに来るという。 (面会時間が15時からなのに「11時に来る」と旦那に連絡があったので、 なんとか3時を過ぎてから来てもらえるようと、 「その前だと赤ちゃんに会えないです」と連絡をした。)
12時前、『たいちゃん』と同室。 2時ごろ尿道を中止。なんとか来る前に管を抜いてもらえ、 義父母を迎えることが出来た。それでも、まだフラフラで正直キツかった~![]()
義父母がいるときに、『たいちゃん』がウンチをし、初オムツ替え
どっと疲れちゃいました。
夜間の初同室。ギャン泣き![]()
に私まで泣きそうになりながら、 なんとか乗り切り、27日の朝を迎える。
10時に呼ばれ、診察室へ。 まだまだ、貧血のため 「出血は多いが、胎盤自体はほとんど出ていると思うけど 退院の日を決めるのは少し待ってね。」
なのに何故か、11時に『退院指導』に呼ばれる。 大きい病院は縦割りなので、そういうところの連携がされてないのね~ (退院指導っていってもほぼ、今後の夫婦生活について。うちにはあまり関係ないね)
夕方になって、担当医が他の手術中ということで、朝見てくれた先生がやってくる。 本来、退院は産後4日目。この日は3日目なので 「退院、どうしましょう?担当医は本人に任せると言ってますが・・・まだ、貧血あるし~」
本当は、まだ退院には早すぎるようなんですが、 総合病院で、毎日毎日、あわただしい(朝から夜中まで、 ドンドン病室に入れ替わり立ち代りで、看護師・助産師・先生・ お茶・配膳係・床掃除のおばちゃん・ゴミ処理のおばちゃん・ オムツ集めのおばちゃん・リネン担当のおばちゃん、その他もろもろ) まったくゆっくり出来ず、かなりイライラしてきていたので、 家に帰った方が少しゆっくりできるのではないかと、 ちょっと強引でもあったんですが、退院させてもらうことにしました。
28日、入院から6日目。 朝から診察・沐浴指導・たいちゃんの血液検査などをバタバタと済ませ、 11時、会社を遅刻の手続きをしてくれた旦那の
迎えで 初チャイルドシートに戸惑いながら、無事我が家
に帰り着きました。
我が家に帰り着いてからの生活は、また少しずつ
UPしていきますね。
今日、誕生からちょうど1ヶ月になりました。
毎日毎日、小さいけれど確実に成長しているのが分かります。 子供の生命力って凄いですね。そして、そんな毎日に感謝です。
出産レポ2~LDRから回復室まで~ [出産]
やっとの思いでLDRに入室できたのが、24日の16時。
せっかくのLDRで、いろんな設備が用意されているにもかかわらず (イキミ逃しの椅子とかetc...) 入室後すぐに分娩監視装置をつけ、点滴で誘発なので、まったく身動きできず![]()
16時に最初の誘発を開始。 開始後すぐに先生から 「18時まで誘発して陣痛が来なかったら、人手が少なくなって危険なので 一旦止めて、再度自然な陣痛を待ちます。」とか言われて
「
えぇ~一旦止めるって?」 横で旦那は「分かりました」って返事してるし~![]()
ヤバイ!!時計が18時を過ぎた。と思ったところで・・・ 10分間隔が少し短くなり、痛みもさっきまでより激しくなってきた。
先生、苦笑いで看護師さんに・・・・「仕方ない続けましょうか~追加。」 「仕方ないって
」
追加の誘発剤が、少しずつ痛みを強くし、もうベッドの手摺を持って力が入る。 看護師さんはずっと傍に付いててくれるわけではなく、LDRを入ったり出たり。
その間、旦那だけが頼り。幸いにも旦那は医療機器に詳しい。 監視装置の山を見て、陣痛の来るタイミングを計り 肩を叩きながら「ハイ来た~力抜いて~フッフッフゥ~」
この「ハイ来た~」がやけに腹立たしくなったり・・・ 「来る前に分かったら余計痛いやん」と思った。 でも、時々旦那が横で
居眠りして「ハイ来た~」を言わなかったら、 突然来る痛みに耐えられなくて、ありがたさに気づいたり![]()
LDRに入ってから約5時間、何度か追加した誘発剤のおかげで ようやく陣痛は3分間隔に。子宮口はまだ7センチ。息むには早すぎる。
尿が溜まっていると、陣痛が進みにくいと言うことで、 一旦無理やりトイレに行かされるも、進まず
この時点で、尿道開始![]()
あまり声を出して息んではいけないのかと思っていたけど、 この辺りでは、まだ声を出して息んでOKらしく、 我慢しきれずに叫んでいた私に助産師さんが、 「上手い
凄いいい声の出し方。経産婦さん並に上手い」とかおだてられる![]()
20時を過ぎて、子宮口は9センチまでなるもののその後がなかなか進まない。 先生の「年の割りに子宮口が軟らかいから、なんとかなるかも?」の一言で 息みながら、全開を待つことに・・・・。 それまで、隣の部屋にいた助産師さんや、 ナースステーションに戻っていた看護師さんがあわただしく動き始める。 ちょっと緊張!!
ベットから少し離れたところに、外来で顔見知りの看護師さんがいた
それだけでも、ちょっと安心![]()
しばらく息んでいると「どうせ切れるから、切る?」と 「うぅ~ん
一応、バースプランには出来れば会陰切開はしたくない」と書いたけど
「頑張って切れないなら切りたくないけど、頑張っても切れるなら切ってください」と わけの分からない返事をした記憶が![]()
そう返事をした次の息みで「パチン」と
(←ハサミ) この時点での切開の痛みは、まったくなし。
って言うか、痛みがマックスに達しすぎて麻痺してる?ちょっとハイテンション? とか思っていたら・・・・どうやら意識が朦朧としてきていたようで、 酸素マスクを装着された
(後から旦那が「かなり心拍が落ちてたからやで~」と教えてくれた)
20時30分少し前ごろ、どうやらやっと赤ちゃんが降りてきた模様。 看護師さんが「頭が見えてきたよ」 先生が「この調子で頑張れば、今日中に会えるなぁ~」って ・・・・・・励ましてくれたつもりのようだけど・・・・
「えっ?今日中って、今何時?あと、4時間近くもある~![]()
」 いや~この状態でどう考えても4時間は無理でしょ。
そして、頭がしっかり助産師さんに見えて、もう少しと言う状態になったようで、 「頑張って、もうすぐですよ~」
「これ以上、どうやって頑張ったらいいかわからん。どうしたらいいの?」と・・・ 普段、そんなに口数の多い方じゃない私。が、思ったことをドンドン口走っている![]()
一斉に看護師さんや助産師さんが「そうやね。頑張ってるよね」 「大丈夫大丈夫、今のまま、頑張ってね」 「お母さん、頑張ってるよ。凄いよ!!」と、フォローが入った![]()
そこで先生「上手くいったら、次の息みで頭出るかも~」
「『上手くいったら』ですよねぇ~」
「確かに・・・・『上手くいったら』やなぁ~
エライ余裕やなぁ~ ここで突っ込み入ったの初めてやわ~はっはっはぁ
」
と、またついつい思ったことを口走ってしまっていた。 反対に、多分それほどまで、私的には余裕がなかったんだと思う。 けど、なぜかLDR内は笑いに包まれて、和やかムード
になってしまった。
が・・・・しかし、この後・・・・助産師さんの一言が・・・・ そんな和やかムードを一変させる。
「この子、頭と体の回転ちがう
」
そう、後に調べたら『回旋異常』という状態らしい。 『回旋異常』には色々あるみたいだけど、うちの子の場合、頭の回転と体の回転が逆。 (例えば、頭は右回転で出てこようとしてるのに、体は左回転で動いてる)
私の下にいる(取り上げる係り?)助産師さんは、まだベテランさんではないようで、 ちょっとあせってる? 先生は、もしもに備えて傍にいるだけで、出産自体には基本手は出さない。 顔見知りの看護師さんは「大丈夫大丈夫」と万遍の笑みで何度もつぶやいてくれてる。
そのうち、下にいる助産師さんが先生とヒソヒソ話。 「無理みたいです」「どうしましょ?」 「うぅ~ん」
なんだか、このままの流れだと『帝王切開』と言う言葉が聞こえてきそう・・・・ 「えっ?ここまで来て?やっぱり高齢だから? だったら最初から『帝王切開』で予定分娩にしててよ~」とか 「やっぱり、自然に授からなかったのにはわけがあったんだぁ~」とか、 またまたマイナス
思考ドップリ。
そんな中、私の左横にいた助産師さんが、下の助産師さんに一喝。 「頭抑えて、体こっちに回して。頑張ったら出ると思うから」と、 二人がかりでお腹の上から左に動こうとしてる体を、右側に押しているのが分かった。 この助産師さんがいなかったら、どんな展開になっていたんだろう?
『上手くいけば・・・・』どころではなく、何度息んだか分からないくらい息み、 やっと、頭が出てきた![]()
それからは、早いもので、4~5回「ふっ~ふぅ~ふっ~」という軽めの息みで 「ポン
」という音がしたように、何か大きな物体が体から飛び出した
(そして、今までの痛みは全て忘れてしまった。 あんなに長い時間苦しんだと言うのに? こんな一瞬で、忘れられるなんて凄い!!母は強し!!)
飛び出したと同時に「オンギャァ~」と高い声が響く。
コレだけ長い時間がかかり、難産だったので、すこし・・・もしかして・・・と 良からぬ思いも頭を巡っていたのも確かで・・・・・
よく、「実は赤ちゃんは産まれてすぐは泣かなくて、 口の中にある異物を出してもらってはじめて泣く」的なことを聞いていたので、 生まれた瞬間に大声で泣いてちょっとビックリ![]()
でも、すぐには見せてもらえなくて・・・・・まだ、不安は拭えなかったし、
産まれた瞬間、感動で泣いちゃうんじゃないかとか、 この上ない幸せに酔いしれるんじゃないか?なんて思っていたけど・・・
実際、自分の位置からは出てくるところって見えなくて、産んだ実感が沸かない
横で見ていた旦那には、全てが見えていたらしく、 生まれた実感
は旦那の方が感じてたみたい。
「そうだ、『カンガルーケア』で抱っこしてるうちに、ジワジワと実感が沸くもんなんだぁ~」 なんて冷静に考えてたりしたら・・・・
出産は、それだけで終わるものではなかった。
もちろん、後産と言って出産の後、胎盤が出てくるのが痛いってことは知ってたけど、 出産後、特にそういう痛みはなくて、「ポン
」って出たときに一緒に出たのか、 痛みがなく出たのか?くらいに思っていたら、
先生の次の言葉が・・・・「30分経つけど、胎盤がまだ出てきてない。」 「このまま、出てこないと危険なので・・・・」と言いながら なんとか自然に出してくれようと、叫び声が出るほどグイグイと痛みを加えてくる。
「へその緒を引っ張って何とか出そうとしたけど、へその緒が細くて切れてしまった」 「麻酔をかけて、手を入れて掻き出しますね。ご主人、同意書にサインお願いします。」
その時は、「へぇ~胎盤でないってこともあるんだぁ~」とあまり気にしなかった。
(コレも後に調べたところ、『胎盤遺残』といい全妊婦の0.3%以下で、 出産前に調べることも可能なようだけど、あまりにも少ないので、 特にあえて調べることは稀だそうだけど、大量出血になりやすく、 母体死亡率は高く、数年前に裁判沙汰になり医師に有罪判決が下った事例ありとか)
そんなことより、たいちゃんが無事なのか?カンガルーケアが出来るのか? そんなことばかり気になっていたら、 横で、新人の助産師さんが ウロウロしながら 「赤ちゃん、お母さんに抱っこさせていいんでしょうか?」
「いいですよ、連れてきてあげて」 「やったぁ~
カンガルーケアが出来る」 産まれる瞬間はカメラもビデオもNGって言われてたけど、 産まれた後、落ち着いたらOKと聞いていたので、 「ビデオとかいいですか?」と聞いてみるとOKが出た。
最初の印象は「あっ、サルじゃない。」 そうだって赤ちゃんっておサルなイメージがあるでしょ?「うわぁ~人間」
そして、「コレが『たいちゃん』可愛い~
やっと会えたね~」
旦那がビデオを回して3~4分 「そろそろいいですか?」と先生の無情の声。 「えっ?もう終わり、写真も撮りたいのに~。 カンガルーケアって20分はやるんじゃないの?」
先生達は一刻も早く次の処置に移りたかったんですよね~。
旦那がLDRの外に出され、いよいよ胎盤の処置に入ると思いきや。
「麻酔の用意して~」「先生、麻酔がありません。」 そう、土曜日の夜で予備の麻酔がなかったようで・・・・ 「緊急で、書類回して、麻酔借りてきて~」
「▽▽の麻酔がないそうです」「じゃあ、△△でいいわ~」
「先生、局部麻酔ですか?全身ですか?」 「体外受精してるんやったら、そのとき麻酔使ってるよね。 そんな感じの全身麻酔」と言われ、ちょっとホッとする。
しばらくして麻酔が届き、一気に落ちる![]()
何分経ったのか?遠くの方で「〇〇さんのご家族に~」と この「〇〇さん」が処置が終わって呼ばれてるんだと思って、起きてしまった![]()
しかし、胎盤の処置は終わっていたけど、会陰の縫合はまだだったようで
思わず慌てて無理やり寝た![]()
(後で聞くと、消灯になったので生まれたことだけ確認して帰ろうとした実父母に 一目だけ会わせてくれたらしい。)
その後、無事、切った上に裂けた会陰の縫合も終わり、 24時ごろまで旦那とふたりLDRで過ごす。
麻酔でうつろな状況で旦那と話したことは・・・・ 「たいちゃん、元気やった?顔は見れたけど、手とか足とか?大丈夫やった?」 「うん、ちゃんと出てきた瞬間、確認したで。手も足
もちゃんと動いてた
」 その言葉以外ほとんど覚えていない。
(体外受精で授かったからと言って、授かった命は、自然に授かった命と何ら変わりはない。 だけど、そこまでしないと授からないわけがある。ましてや高齢での出産。 ある程度の覚悟を持って出産には挑んでいるけど、 やっぱり、自分のエゴがないわけではない。 今回、コレほどまで私が苦しんだのだから、きっと生まれて来るのも苦しかったはず。 きっと頑張ってくれたんだと、この時、涙があふれそうになった。)
24時を過ぎた頃、本来なら個室に戻るところ、 麻酔後のモニターはつけたまま、尿導も抜けないままなので、個室には戻してもらえず
狭い回復室へ。 もちろん、ここにはテレビもなく、テーブルもなく・・・・ ソファーもないので、旦那はあっさり家に帰される。
一大仕事を終え、こんなにおめでたいクリスマスの夜。 一人淋しく、身動きも出来ないまま、 窓もない暗い部屋で、眠れもせず朝を迎えるのでした。
~その3~へ続く。
p.s. 本日、野田議員のテレビがあるらしい。 彼女を否定も肯定もしない(できない)けれど・・・・ ここ数日、予告で流れる映像に涙が止まらない。
おっぱいが出ずにギャン泣きする我が子を、腕の中に抱きながら、 元気で生まれてきてくれたことだけに、感謝しています。
どうか、彼が少しでも元気になりますように。。。。
出産レポ1~おしるしからLDRまで~ [出産]
忘れないうちに【出産レポ】を・・・・と思い出そうとしていますが、 もうすでに忘れてることも多いみたい
実際、陣痛の痛みはすでに、どんなだっけ?みたいな![]()
ただし、そのとき感じた思いとか「痛い~」って叫んでた事は覚えてますよ~![]()
(これから【出産レポ】を書きますが、 その中に、現在不妊治療をされている方には、不快に感じる表現や、 心にチクリと刺さる言葉があるかもしれません。 子供を授かれただけで、それだけで贅沢なのです。それは百も承知。 結婚から8年、タイミング・人工授精を経て、 2年間の顕微授精の末、やっと授かった不妊治療経験者の私が 出産時に素直に感じた気持ちを綴りたいと思います。 それでも、やっぱり諦めずに良かったと心から、思えているから、 現在、baby待ちの全ての方々に諦めずにいて欲しいと願っています。)
さて、出産予定日(12月18日)から4日が過ぎた22日の夜21時30分ごろ、 トイレに行くと、これぞ、本当のおしるし
がやってくる。
とりあえず旦那に
「おしるしあり、何時ごろ帰ってきますか?」
そして21時50分頃、不快感を感じ、再びトイレに 「コレって破水?尿漏れじゃないよなぁ~?」と思っていると、 旦那から
「23時には家に着くから」
その言葉を聞いて、病院に
「破水っぽいんですけど~どうしましょう?」 「とりあえず、来れます?破水じゃなければ帰ってもらうことになりますけど・・・・」
この時点で破水といっても、よく言われてる「パ~ン」と音がしたとかはなく、 なんとかナプキンで事足りる程度。 旦那が戻るまでに洗濯しておこう~
なんて余裕まであったりして~
旦那が戻り、入院のバックと車のシートに引くためにバスタオルを1枚。 大量破水に備えて、新生児用紙おむつをして病院に到着したのが23時50分。
助産師さんが待ち構えて診察。ところが、この助産師さん、なんだか頼りないし
破水かどうか検査する紙が見当たらないとか・・・・・言い出すし
なんとか他の看護師さんが用意してくれて、調べたけど・・・・・分からないとか言ってるし![]()
そうこうしてる内に、当直の先生登場。 「一応、破水。だけど高位破水で、羊水は充分あるし、感染はしてないから、 このまま明日朝まで様子を見て、陣痛が来なければ、誘発ね。」と
看護師さんが 「破水だから入院になるけど、個室?4人部屋?今ならどっちでもいけけど・・・?」 迷わず私、 「個室でお願いします。」と、だってせっかくの連休に入院。 夜中に陣痛来て、立会い希望なのに旦那がいないと困るでしょ。
なぁ~んて、すぐに陣痛が来るものとばかり思っていたけど、 旦那は、スーツのまま来たので、一旦帰って、お風呂に入り(ゆず湯の日だったしね) 着替えて1時間ほどして戻ってきた。のに・・・・まったく兆候がないまま朝を迎えた。
23日の朝10時、先生の診察。 「まだ、羊水も赤ちゃんも問題ないから昼まで自然の陣痛を待って、それから誘発。」 「えっ?あらそうですかぁ~」とまだ痛みもないので、 余裕すぎて部屋で旦那とテレビ観賞。
昼を過ぎても、陣痛は来なかったのに・・・・「誘発はもう少し待とう」って・・・ 確かにバースプランに 『出来るだけ自然に。でも危険なら、帝王切開に切り替えてください』と書いたけどさぁ~ もう、入院してるんだし・・・・
夕方の16時を少し回った頃、弱い陣痛が来始める。 これでやっと始まる~と喜んだ。陣痛は痛いけど30分間隔でしかやってこない。 コレが21時過ぎまで続き、少しずつ感覚が狭まり10分間隔に。 この時点で、もう我慢が出来ないので、ナースコールをしてみた。
甘い期待で、そろそろLDRに入れるんじゃないかと・・・・
いやいや、そんな甘いもんじゃない。
「5分を切ったら、知らせてください」と言い残して、何度か部屋を覗きに来る程度。 一人だけ、外来で顔見知りだった看護師さんがいて、 「好きなもの食べて体力付けといて」と言ってくれ。 それを聞いた旦那が、近くのスーパーまで買出しに行き、 お寿司とアイスを買ってきてくれた![]()
病院食が受け付けなくて、食べれなかったのに、 お寿司とアイスはペロっと食べちゃいました。
そこから永遠(と感じるほどの時間)続いた10分間隔の陣痛・・・・
あまりの痛さと長さに、正直思った。 「もう・・・こんな辛いのいや、なんで、私、不妊治療なんかしたん?」 「こんな思いするために、あんな辛い治療したん?」 「私、やっぱり子供産むの向いてない?資格ない?」 「こんな、しんどいのもうイヤ、2度とイヤ」 「子供4人も5人もいてる人凄い、尊敬する」 「羨ましいなんて思って、ごめんなさい、もう、許してください。」 「もう2度と、不妊治療なんかしません。」って・・・・
心の中で、そんな事ばっかり繰り返し思って朝を迎えた。
朝が来て、昼が来て、10分間隔になってから19時間。 もう心も体もへロヘロ
唯一救いだったのは、連休中で旦那がいてくれた事。 一人で絶えるには、長すぎる時間です。
夕方の16時になって、間隔が狭まらないことから、やっと誘発の指示
LDRに入る。
コレで、やっと出産に望めるんだと安堵。
しかし、この後、まだまだ試練は続いたのでした。
~出産レポ2~へ続く
あけましておめでとうございます。 [出産]
出産&退院報告 [出産]
本当のおしるし? [妊娠後期]
予定日超過!! 【40W】 [妊娠後期]
予定日2日前、旦那が会社の忘年会と言うことで、 実母が泊まりに来てくれていたにもかかわらず、何の兆候もなく・・・
いつもの会社からの帰宅時間よりず~っと旦那も早く帰って来たのに~![]()
そして翌日の土曜日、ジンクスを試してみようと、1駅先の大阪で有名な焼肉屋街へ 散歩も兼ねて、歩いて行って歩いて帰ってきてみたけど、夜中になっても何もなく。 目が覚めたら、予定日の18日(日曜日)。
家でジッーとしてても仕方ないので、梅田にお出かけ。 3時間ほどウロウロしてみたけど・・・ やはり夜になり、朝になり、予定日は過ぎていきました![]()
あんなに楽しみにしていた出産が、 たった1日超過するだけで、こんなに不安になるもんなんですね。 なんだか、このまま、たいちゃんがお腹の中に住み着いて、 またこれから10ヶ月、出てこないんじゃないか? なんて~馬鹿げた妄想を抱いて、急に怖くなったりなんかして![]()
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そして今日。1日超過での検診に行ってきました~。
「早く産みたい?」って先生に聞かれたので、即答で「ハイ
」と返事。
「じゃあ、刺激するね。かなり痛いけど大丈夫?」と・・・・
言葉通り、かなり痛かった。先週の内診グリグリ
も確かに痛かったけど、 (「おしるし?」と思ったアレは今思うと、どうやら「おしるし」ではなかったって事ね) 今回の内診グリグリ![]()
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は、比じゃないくらい痛かった。 思わず声が出てしまうほど!! 先生ももう少しグリグリ![]()
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したかったみたいだけど、 「破水しても困るから、コレぐらいで・・・」と。
「上手くいって早かったら、今日・明日中に陣痛がくるかなっ」 「25日までに産まれなかったら、26日の診察後に入院。誘発で~」だそうです。
先日気になっていた子供服のブランド。 セールには行けないなぁ~と残念に思いながら、色々サイトを探していたところ、 セレクトショップの「クリスマスセール」を見つけ
ついつい、ポチっ![]()
来年の夏用の半袖オール1枚。秋用80センチの洋服1着・再来年用の90センチ1着。 ソックス2足。コレだけ揃えて1万円ちょっとだったので、 クリスマスプレゼントの
ラッピングをしてもらいました![]()
もちろん、注文したときには、クリスマスまでに産まれてる気満々でねっ。
年賀状の表書きもバッチリ済ませ。 後は、産まれて来たたいちゃんの写真を合体させればOK。 でも、26日から入院になったら・・・・?年賀状間に合わない?
そうそう、旦那いわく、たいちゃんの名前は、ほぼ(99%)決まったそうです。 ただ、クリスマスに生まれたら、違う名前にするんだって。
クリスマス
っていつからいつまでだろう?
お・し・る・し~?【39W】 [妊娠後期]
昨日の検診で、『初期指導』をしてくれた看護師さん?(助産師さん)が、 心拍を測ってくれ、「えっ?もう39W?早いね~」とそう言いながら、 お腹をマジマジと見て「立派そう~もうそろそろ産まないと・・・・・」
でも、先生は「うぅ~ん
子宮口は、開くか開いてないか?くらい。 赤ちゃんはまだまだ下ってない。まぁ~超過しても大丈夫やから」と、 内診でグリグリ![]()
うちの病院は、初期から毎回内診があったので馴れっこなんですが、 ここまでグリグリ
は初めてで・・・・ちょっと痛かった!!
「とにかく、いっぱい動いて、赤ちゃん下げて。一応、来週の予約入れとくね~
」
そう、来週の検診は【40W1D】ってことで、出産予定日の次の日。 先生の見立てでは、まだまだ兆候はないのかぁ~とガックシ![]()
前駆陣痛も37Wには、夜と朝あったものの、38Wになってからは 動いてお腹が張るのみ。なんだかたいちゃんに会える日が遠のいて行くようで・・・
と、思っていたら昨日の夜、おりものシートに微妙に茶オリ? 本当に微妙だったので・・・(何故か?)見てみぬ振り。
今朝は、何もなかったので、やっぱりあの内診グリグリ
のせいだったかぁ~
と
今日は、「散歩散歩」と言いながら、電車に乗って梅田へデパート巡り。
ちょっと気になっていた子供服のショップが、 どのデパートに入っているか分からなくなってて、更にブランド名も覚えてなくて・・・ もし、誰かに「出産祝いのリクエストは~?」なぁんて訊いてもらえたときに、 答えられるようにと、探してきました![]()
ついつい、可愛すぎて自分で買って帰って来そうになったけど、 産まれてみないと、先のサイズが読めないしね~ 昔、子供服の販売員してたときは、 とりあえず「90センチなら、着る時期ありますよ~」って薦めてたし、 大丈夫とは分かってるけど、今買っても、もうすぐセールだしなぁ~ (ってか、セールの時期に行けないでしょ~
) 誰か、「リクエストは~?」って訊いてくれないかなぁ~![]()
話が反れちゃいましたが・・・3時間ほど歩いて帰って、トイレに行ったら・・・・ おりものシートに、なんとなく茶オリ?
これは、あの~所謂「お・し・る・し」ってヤツですかぁ~
ってことは・・・もうすぐ? 週末くらいには、やっと、たいちゃんに会えるかなぁ~
16日の金曜日は、旦那が会社の忘年会(お酒は飲まないだろうけど・・・)なので、 実母が泊まりに来てくれる事になってるので、 実母も旦那もいる、17日の朝当たりに、陣痛来てくれて、 夕方くらいに産まれてくれたら、旦那も立ち会えるし~
土日も一緒にいれて~ クリスマスも一緒に迎えられるのになぁ~
なぁ~んて
都合のいい事考えながら、 たいちゃんに「週末に出てきてね~」と話しかけてます












